父を精神科病院に入院させた日のことを、話そうと思います。
私が20代半ばのころのことです。
20代の私に重なっていたもの
あのとき私の人生には、いろんなことが重なっていました。
学会発表の準備。好きな人の存在。
やっと、自分の人生が始まろうとしていた——そんな感覚がありました。
そして同時に。
母に、ドクターストップがかかっていたんです。
高血圧で、いつ倒れてもおかしくない状態でした。
もう、家では父の介護を続けられない。
そういう状況だったのです。
「限界」という言葉では、足りなかった
父はそのころ、認知症がかなり進んでいました。
ひとりで遠くまで歩いて行ってしまう。
胸に名前と電話番号を書いた名札を貼り付けてあったので、
見ず知らずの人が連絡をくれることもありました。
迎えに行くたびに、タクシー。往復で1万円。それが週に3回。
昼夜逆転。家の中はいつもざわついていた。
トイレ以外の場所での排泄も、起きるようになっていました。
静止しようとすると手があがることも。
誰にも言えなかった。
でも、それが現実だったのです。
もう、限界でした。
家族全員が、です。
入院の日、私はいなかった
入院の日、私はその場にいませんでした。
母と兄が、父を連れて行ってくれた。
私は……行けなかった。行かなかった。
そのことも、ずっと引っかかっていました。
鉄格子の前で、私は立ち尽くした
少し経ってから、差し入れを持って病院に行きました。
玄関のところで——息をのみました。
鉄格子が、あったんです。
「中には入れません」
そう言われました。
衝撃でした。ここは、そういう場所なのか、と。
父の顔は見えませんでした。荷物だけ渡して、帰りました。
あの景色だけは、今でも忘れられません。
泣かなかった自分が、ずっと引っかかっていた
あのとき、私は泣かなかったんです。
冷たかったのかもしれない——そう思って、長い間引っかかっていました。
でも今なら分かります。
あのときの私は、泣くエネルギーすら残っていなかった。
追い詰められた人間に、選択肢なんてなかったんです。
それは、弱さじゃない。
冷たさでもない。
罪悪感を抱えているあなたへ
もしあなたが今、罪悪感を抱えているなら。
「施設に入れてしまった」「もっとしてあげられたはずなのに」と思っているなら。
それはきっと——限界まで頑張った証だと思います。
限界まで頑張った人が感じる罪悪感を、私は責める気になれません。
あなたが冷たかったんじゃない。
それだけ、消耗していただけなんです。
そう思います。



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